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才能の真偽

9

目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまうのが癖になっていた。
亜紀は眠い体に鞭を打ち、愛しさ溢れるベッドに別れを告げる。体から温もりが
逃げていくのを感じ、泣きたくなった。パンをトースターに放り込み、その間に洗顔と歯磨きを済ます。
「このネタは間違いなくウチが独占だ」週刊誌の編集部に勤めている亜紀が、鼻息を荒くした上司に
取材を頼まれたのが昨日の晩になる。テレビを見ながら手帳をチェックしていた時の事だ。
携帯電話が鳴った。日課で見るニュース番組の序盤であったから早く見積もっても
23時15分過ぎであったがそんな事は社会人にとって些細な事に過ぎないらしく単刀直入に、
翌日の取材を命じられた。
「え、いや明日は休みを取ってあるはずなんですけど」
亜紀は声を裏返す。まさに今手帳で、翌日の予定を見返して夢見心地だったのに。
しかし必死の主張も虚しく、取材場所や要点を一気に喋ると上司は一方的に電話を切った。
数十秒の電話で明日の休日が無くなった事実は、亜紀の目の前を数分間真っ白にする。
がんっ。いきなり音がして、ひゃっ、と飛び上がる。音の方向に注目すると三分前にセットした
パンが焦げ目つきでトースターから顔を覗かせていた。よほど心残りなのか
昨日の晩を思い浮かべながら歯を無心で磨いていたらしい。口から零れた歯磨き粉を
拭き取り、口をゆすぐ。スーツに着替え、トーストにイチゴジャムを塗ると口に入れて
コーヒーで流し込んだ。

朝の8時45分、最寄り駅に着いた。山手線に乗ろうとホームに立つ。ごうっ、と音を立てて
目の前を通りゆっくり止まる電車は地獄行きかと勘違いしそうになる。
完全に止まった後に、空気の放出音が聞こえると電車の扉が開いた。
中から人が出終わる前に、車内に入り込もうとした中年女性が、亜紀にぶつかるが
涼しげな顔で空いてる席に一番乗りで腰をかけるのが見えた。人生の先輩が乗車マナーさえ
理解してないなんて、と軽く眩暈がした。
人々は餓えているらしい。食物に困っている訳ではない。駅前まで歩いて、数百円も払えば
牛丼を食べる事が出来るだろう。店によっては百円程でハンバーガーを頬張る事も出来る。
さらにどれだけ安い料金で物を買っても、店員は最高のもてなしで客に接するのだから
日本へ観光に来る外国客が、ここは素晴らしい国だ、と興奮するのも無理はない。
「人々が餓えているのは時間であり、人生そのものさ。劇的変化、数奇な出来事を、
そして自分以外の成功者が、階段から滑り落ちて人生から転落する様を見たがってる。
だから週刊誌を始めとしたゴシップ誌が売れてく。飯が食える。だから俺らは生活できる」
「日本人は自分の給料を上げろ、とは臆病で主張できない代わりに他人の給料を下げろとは
声を大にして言う。そうやってな、他人の足を引っ張り合ってしまう民族なんだ。
だから他人の不幸は蜜の味、なんて寒気がする諺が出来たんだな」
よく上司が自社の記者に対して言ってた言葉だが、
わざわざ仕事のやる気を削ぐ様な事を言うな、と亜紀は聞く度に陰で舌を出した。
途中で中央線に乗り換えた。雑誌の出版社は、何故か中央線沿いに集まっている。
通勤ラッシュの中、30分ほど重力と慣性の法則の奴隷になった。目の前に、美人モデルが
微笑む酎ハイの広告。そのまま視線を下に向けると、通勤ラッシュの中シートを獲得し
乗客に見守られながら黙々と化粧に励む二十代前半位のOL風の女。そしてそれが気に入らないのか
端から睨む今まさにラッシュの被害にあってる中年サラリーマン。
人前で変身過程を露わにするセーラームーンでは、皆に夢は見せられないらしい。残念だ。
車内放送で駅員の声が目的駅の名前を知らせる。女の声だった。最近は女性車掌が増えているらしい。
お互い大変だよね、亜紀はそう心で呟き電車を降りる。
地獄への覚悟は電車に揺られた45分間で繕った。

栄新社のビルは駅から徒歩で10分ほど歩いた場所にあった。全国チェーンのカフェや、
個人経営らしい小さな書店などが連ねてる角に構えている。グレーに冷たい輝きを放つ壁と、
反対側に建つビルや青い空を反射する窓ガラスが表情を作る栄新社は、眼鏡の位置を
片手で直す若いエリートのサラリーマンにも見えた。
玄関で受付に挨拶をする。名前をシートに記入し、番号の書いてある来賓証を首からぶら下げた。
受付から口上で案内された通りに通路を恐る恐る進む。ヒールが廊下にぶつかる音が
どんなに気を使って歩いても響いてしまう。だからアポ無し取材は嫌なのだ、と、びくつきながら
歩いていくと、ドアが開けっ放しになっている部屋が目に入った。離れた距離からでも
ファイルや書類などで散らかった部屋だというのがわかる。意を決してドアから顔だけ出す。
「すみません、『週刊シャッター』の宮下亜紀と申しますが」
亜紀の声に気付いた一人の男がこちらに目線を移す。ぽっこりと自慢気に
突き出た腹に、水色ストライプのシャツを羽織っている。目の細い男。髪は所々白髪が
見える。凄まじい位の怪訝さでこちらを見て、女性だと分かったらしく一瞬表情が緩み、
そしてまた警戒心を持った表情に戻った。演技した様にも見えた。お互い様だ。
「シャッター? 取材って、連絡入れてくれたの?」
ほら、やっぱりそうきた。怯みかけるがもう後戻りはできない。
「いえ、取ってないんです。突発的なもので。駄目でしょうか、
お忙しい所すみませんが、少々お付き合い頂けないですか?」
すぐに名刺を差し出す。お辞儀をしつつ、左手で髪をかきあげ体をくねらせた。
男の目が露骨に上下する、少し間が空いた。
目に止まった誰かの作業椅子を雑に亜紀へ差し出す。「どーぞ」
「有難う御座います!」
ボス、男ってみんなこうですか。腰の後ろで小さくガッツポーズをする。
軽く、相手に興味がある振りをして話をさせ、そういえば、と本題に入った。
「矢追さんかぁ。そういや最近聞かないなぁ」
「ベストセラー作家を生み出した敏腕編集者だったんですよね」
「だねぇ、霧宮先生と松本かのんを発掘したんだからそうなるかなぁ」
「詳しい話聞かせて頂けますか?」
「いいよぉ。んじゃあ俺にはお姉さんを発掘させてよ」
「あはは…面白い事言いますね」
目の前の男は、亜紀の頭から爪先までを舐めるように目で追いながら
鼻の下を伸ばしつつ質問に答える。普通に見れば目を糸のようにしてにこにこしてる
人が良さそうな中年男性なのに、下品な冗談を口にした途端にただの助平になりさがる。
取材する為の約束を事前に取り付けていないのだから
門前払いされないだけマシだとしても、寒気が止まらず嫌気がさした。
「真実を聞き出す為に、相手に頭整理させる時間は与えちゃ駄目なんだよ。
突然行ってガツンと引き出す、これが一番だ。勝手にあっちがヒヨってくれるから」
そんなの常識知らずって追い出されるに決まってるじゃないですか。亜紀が訴えると
「女が色気使わねえでどうすんだよバカ。何の為にボインとケツ付いてると思ってんだ」
少なくともパスポート無しで海外に行く為じゃないっつの、亜紀はそう思った。
上司に言われたまま小さめサイズのスーツにミニスカートを律儀に履いてる自分が
とても情けなく感じる。矢追孝文。栄新社で霧宮光修の担当編集だった男らしい。
深夜に上司が鼻息荒くしてまで伝えたかった「ネタ」である。ある意味で、霧宮の
自殺の「理由」に一番近く、関連性のありそうな人物。ここに深くメスを入れる必要があると
上司は判断したのだ。
「松本かのんさんと言えば映画化もされた恋愛小説「いとつなぎ」が代表作ですね」
「いやぁ、あれはびっくりしたよねぇ。矢追さんにあれほどの腕があるとは」
男は意味ありげに片眉を上げると、亜紀を手招きした。手招かれるまま顔を近づけると
内緒話をするように耳元で、言う。
「あれはね、完全にうちらの想定外。かのんはさぁ、全く期待されてなかったのよ」
「どういう意味ですか」
「彼女は文才が皆無って話。うちの出してる小説雑誌に『文衆』ってのがあるんだけど
矢追さんが持ってきた、読切掲載させるつもりの彼女の原稿読んだら酷いのなんの」
「そのまま掲載したんですか」
「あんなの掲載させたらうちだって読者離れるし、評判下がるからね。皆で反対したんだ」
デスクに置いてあるペットボトルの緑茶を一口含み「したらさ」
「…したら?」
「そのまま無言で原稿持って編集部飛び出していっちゃった」
「え」
声を押し殺しながら、当時を思い出したのか笑う男。さらにペットボトルを口に含み
目の前で人差し指を揺らした。「その一週間後よ」
「一週間後?」
「一週間後に、矢追さんが『いとつなぎ』を持って編集部に現れたの。書き直させたらしい。
まぁ読めるレベルの文章になってたけどね」
プロとしては、それでも未熟な文章ではあったが矢追の強烈な推奨により文衆にて
「いとつなぎ」を掲載。読みきりが受けたのでそのまま長編として連載をさせ
後に書籍化。映画化にまで進展したという。
「物語自体は恋愛小説だし、中高生の女性を中心に受けたのかもしれないけど
映画化に伴って松本自体もメディアに多少露出したからさ。あの子まだ若いし
まあまあ美人でしょ。そんで話題になったのかも。世間って結構顔で判断するしさ」
恋愛小説「いとつなぎ」は、四年前に恋人に別れを告げた主人公の男が、結局四年間
元恋人を忘れる事が出来ずに苦しみながら人生を進む様を描いた物語だ。
社会現象としてはまあまあ世間を湧かせていただけに裏側を知って、驚きを隠せない
亜紀だが、今は仕事をせねば、と本来の目的を振り返った。
「それで、今矢追さんはどちらに?住所はわかりますか?」それさえ分かればあんたに用はない。
「住所教えても無駄だよ。いないから」
「家にいない?」
「今、彼狂っちゃって病院にいるんだって」
世間に影響力のあった人物の死は、その周囲の人間の運命さえ狂わせてしまう。
夫が自害して生きる希望を無くす妻がいれば、担当の作家が自害して
責任に押し潰される編集者もいた。亜紀は再び体を妖艶にくねらせて、病院の詳細を聞き出した。
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プロフィール

JUNE

Author:JUNE
JUNE(ジューン、ジュン)
旧PN:十文字貴人
男 4月25日生まれ
血液型:A
好きな事:映画鑑賞、読書、落書き、英語勉強
人間は「人生」においては誰もが素人。だから、焦らず楽しもう!

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