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短編創作小説「ディス・イズ・マイプルーフ 【下】」

 想像していた以上に、持ってきた傘が役に立たなくてエリシャは面を食らった。雨に濡れて、ピタピタと
生き物のように足に纏わりつくジーンズは、永久に体の一部となり離れることは無いんじゃないか、と思ったほどだ。
降り出した雨は、容赦なく街をもずぶ濡れにし、エリシャが自宅に着く頃にはパーカーの裾から足のつま先までの
水分含有率を5割は増やした。人間の体の水分が70%を上回った歴史的瞬間ね、と現在のみっともなく、
情けない自分の状況を見て、エリシャは自虐した。
世界初の、ボディとボトムスの一体型ウーマンヒーロー「ジーンズ・レディ」として、世界の女性達の
ファッションリーダーになるのも悪くないかも、と考えたが、スカートが履けないなんて女に生まれた特権が
半分無くなってしまうようなものじゃない、とすぐに考えを改める。 
 家に着くや否や、カレンは「あらあら」と微笑みながらすぐにタオルをエリシャに渡した。後ろに縛った
ポニーテールの半分は雨水が染み込み、画家が絵の具を含ませすぎた筆の穂先のようになっている。
髪全体をタオルで覆うと、軽く水気を切りドライヤーで乾かした。
「どうしよう、ママ」
「何かあったの?」
「誕生日だけど、特に何もすることが無いわ。外は雨で、外出する気にもならないし」
 とても残念そうな顔で嘆くエリシャに、うーん、と同調するようにカレンは顎を手で支えた。
「部屋でゆっくりしたら?例えば、読書とか。雨の降る音を聞きながら本を読むの、ママは好きよ」
 雨の降る音は、人間の気持ちを安らかにする効果がある。少なくとも、屋内にいる人間にとってはそうだ。
今の今まで外で雨に打たれてきたばかりのエリシャは、その部分で引っかかりを感じ、母の提案に素直に
賛同できなかった。これは結局私の負けみたいなものだ、と思った。大自然には勝てない。
 帰宅してさきほどまで張り詰めていた気持ちが緩んだからか、エリシャは少し心身ともに疲れを感じた。
だから、少し横になろう、という考えになるのにそう時間は掛からなかった。
そうね、いろいろあったからね、とカレンも頷く。
「夕方位まで休むから、起きたらすぐにママのタルトが食べたいな」と言うと、カレンは快く「OK」と言った。
 おやすみ、と伝えるとリビングを出て、階段を上がり2階の自室へ戻った。部屋に入ったエリシャの目に
すぐ飛び込んできたのは、写真立てに飾られたあの写真だった。部屋を見渡すと、大学に行く前に急いで
脱ぎ捨てたパジャマが床に見当たらない。部屋を片付けた際に、カレンが写真立てを直したらしかった。
 数時間前までの自分は、この写真に嫌悪しか感じていなかったのだな、と思うと不思議な気持ちになる。
ベッドに倒れ込み、左に視線を向けると、カーテンが半開きになった窓が見えた。通り雨に近い雨だったようで
外を自転車走ってきた時より、勢い自体は随分落ち着いたように見える。もう少しだけ、大学の中で
待っていればこんなに濡れずに帰ってこれたかもしれないな、と思い切なくなった。
「虹。金の虹。ロール・アルカンシエル」
 何も考えずに呟くと、エリシャは仰向けで寝た体勢のまま、左腕だけベッドの端から垂らし床に置いた鞄から
ノートを取り出す。金の虹についての文章とスケッチが書かれたページを開き、顔の上に掲げてみる。
ジョシュにも話したとおり、エリシャは普段の日常会話を英語で話しているため、フランス語で書かれた
文章は読みたくても読めない。唯一、見てわかるのは写真の代わりに描かれた、スケッチだけだ。
文章を書いたのとおそらく同じインクのボールペンで描かれているようだった。
 スケッチ自体は平面的な構成で、さらに線もかなりぶれていて、所々インクが擦れている。第三者から
見ると状況がとても判断しづらい。
「小学生が描いたような絵ね」と、噴き出しながらエリシャは自分の絵心を棚に上げて、言う。
下部に波打たれるように引かれた線は、見たとおり「水」を意味するものだろう。「海」か「川」を
表したものだ。その上に沿う様に横方向に引かれた1インチ位の幅がある線。虹、のつもりなのだろうか。
その割には多くの人間が虹を連想する時に思いつく、半円形の曲線表現はされていない。線が揺れてはいる。
 そのさらに上、ページやや左側に描かれた大きい丸。これは「太陽」だ。その周辺には申し訳程度に、
正直な感想をいえば、あまりに描きたいものを表現するのが思い通りに行かず、半ば自棄になって
ペンを走らせたような印象の細長いだ円が数個あり、これは「雲」だとわかる。
なぜ、”金の虹”だけ、写真が一枚も無いのか。
エリシャはそれだけが腑に落ちなかった。他はほとんど最低1枚は写真を残してくれているのに。
考えるほどに、自分の推測に自信がなくなっていく気がした。何故写真が無いか。それは、ジョシュの
言っていた通りにキノコの毒に侵されたヘンリーの見た幻覚であり、作り出した妄想だからではないのか。
 また、ヘンリーが金の虹を見たのが事実だったと仮定して、そこで彼が神と会う為に必要だった「何か」、
神と対面を果たす為に満たす必要があった「条件」とは何だったのだろうか。
答えの出ない疑問に、エリシャの意識は毒に侵されたヘンリーの様に、思考する意思を奪われていった。
 目の前に蒼く深い、透き通るような水面が見える。湖のようだ。さらに水面と同化しそうなくらいに澄んだ
青空が頭の上を覆っていた。このような綺麗な景色を、創造したのが全知全能の神と言うのなら、
彼に作る事ができない感動なんて無いのではないかとエリシャは、まぶたを薄めて深呼吸する。
はっと思い、周囲を見渡した。虹、虹はないか、と空を仰ぐがそれらしきものは見当たらない。
しかし、ある事に気づいた。エリシャは地面では無く水面に立っている。試しに右足で表面を蹴ってみた。
表面がえぐれて水しぶきが飛ぶ。前髪に水滴が絡んだ。そのまま二、三歩恐る恐る歩く。
ぴしゃり、と風呂場の濡れた床を踏んでる様な感触が足の裏に広がった。
自分は今湖の上を歩いてるのだ、と理解する。
神になったような気分だった。神ならきっと水面だって歩けるだろう。
 突然、目の前が光に満たされて、エリシャは目を瞬間的に瞑った。薄目で光の放たれている方を、なんとか
見てみると、光の中から人の影が歩いてくるのが見えた。逆光で顔立ちなどはわからない。
エリシャに気づいたその人は、右手をこちらに差し出すと、うなずいた。何故かエリシャはその人と逢いたい、と
本能的に強く思い、一歩を踏み出す。その瞬間轟音がけたたましく空間に響いて、エリシャは悲鳴を上げ体を
のけぞらせた。青く澄んでいた空は、燃え盛るような赤みを帯びていき、雷を作り出し、湖は所々に渦を作り、
波乱し始める。この世はもう終わりだ!と、自然の感情が剥き出しになっているようにさえ感じる。
それはまさに、地震などの天変地異が、一気に目の前に訪れたかのような光景だった。
 逃げなくては。エリシャは二歩目を踏むと、そのまま足は水面を捉えずに水の中に落ち、湖に体の自由を
奪われた。息ができない。沈んでいく中で、差しのべてた右手を膝に置き中腰で水面に立ったまま、
こちらを覗き込む人が見える。私も会えずに終わるのか、そう思った瞬間、
「エリシャ!」
目の前に、心配そうに顔を歪ませるカレンがいた。視界は自分の部屋の天井を映し出す。
「私、寝ちゃってたの?」今まで夢の中にいたことにようやく気づいて、顔を両手で覆った。「会えなかった」
「店に、ジョシュ先生からあなたに電話よ。何だか慌ててるみたい」
ジョシュの感情が移ったのか、カレンも若干慌てながら一階の方を指差して、エリシャを急かしている。
「どういうこと?」
復活祭は、明後日じゃない。そう疑問に思いつつ、目覚まし時計を確認する。午後4時47分を指している。
さっきまで見ていた夢の内容を頭で反芻しながら、寝ぼけなまこでふらふらと階段を下りた。
店のカウンターに設置されている電話機の前で、小さくあくびをする。「保留」のボタンを押して、
受話器の先にある世界に呼びかけた。
「どうしたんです?プレゼントなら、欲しい物考えておくので」エリシャはけらけら笑いながら、言った。
「そんな事はどうでもいいんだよ、エリシャ」
ジョシュは、確かに慌てていた。ただ事ではないらしい、と一瞬で悟り、同時に眠気は飛んでいった。
  
 空は、数時間前とはうって変わってすっかり雨は止んでおり、雲に覆われてかなり暗かった表情は
若干の雲を残しながらも夕焼けに半分は染まり始め、青から赤のグラデーションを自然に演出していた。
頬は風を切り、結んだ髪は風と重力の影響を受け、予測不能な動きで激しく踊る。
 エリシャは自転車で街を疾走している。前衛姿勢で思いきりペダルを漕ぐ度に、腕の力が入って
ハンドルが左右に揺さぶられる。自転車の前かごに入った白い箱の入った紙袋が自転車の動きに少し遅れて
激しく上下し、その度に冷や汗が流れる。背中のリュックサックも上下に暴れた。でも速度は下げられない。
はぁはぁと息が切れる。呼吸をする時間さえ惜しいほどにとにかくペダルを漕いでいる。
時間があまり無い、らしい。ジョシュの言葉が脳裏に思い返される。

「急いで外に出掛けられる様に支度をしたほうがいい。さっき、今週の天気をたまたま確認したよ、
復活祭の4月24日は降水確率20%のほぼ”雨が降らない晴れた日”だそうだ。
これがどういうことだか分かるかい? 復活祭の日に金の虹を見ることはできない!」
捲くし立てるジョシュに、エリシャは寝起きのぼうっとした頭で口を挟む。
「待ってください、でも今日は雨が降ってますよ!」
「君は今まで寝ていたんだったね、空を見てみるといい。もう、既に雨は止んでる」
 嘘、と思いエリシャは店の窓に目をやる。空は雲の量を減らし、機嫌を直しつつあった。
店前に広がった水たまりは全く波を打っていない。
「図書館で私は君に『金色の虹はありえない』と話した。だがそれ以上に、雨が全く降らない日に
虹が出る事の方がもっとあり得ない!虹は空気中に漂う水滴に、太陽の光が反射、屈折して
七色の彩りを放って見える現象なんだから」
「でも、復活祭の日だからこそ”金の虹”を介して神は戻ってくるんじゃないんですか?
 天の使いに付き添われて、文字通りイエスは復活するんでしょう?」
「神だけに復活祭の日に奇跡が起きるとでも?今回に限っては、奇跡を起こすのは人間だよ。 
神は人間の起こした奇跡にあやかるに過ぎないんだ。君がしなくてはいけない事は、
奇跡の起こる確率を1%でも多く上げる事。奇跡が起こる為の『条件』を可能な限り満たした
状況に身を置く事だ」
 条件、と聞いてエリシャは息を飲んだ。ヘンリーが金の虹に遭遇しても、何かが足りなかったから
神と会うことが出来なかったと言っていたではないか。その満たされなかった「条件」の正体を
当然のことながらエリシャは未だ突きとめては、いない。
「で、でも」もし、今、金の虹に遭遇できたとしても、父の二の舞になる事を避けられないのではないかと感じた。
「私復活祭の日だってタカをくくってて。最後の条件をまだわかってない」エリシャは半泣きに
なる。父の夢を、叶えられるかもしれない状況で、自分の力不足と無知さを悔やむ。
「条件か」ジョシュは何か考え事をしているような感じに言い淀んだ。「もしかしたら、だが」

自転車は全力疾走を続けている。砂利や雑草が生い茂る荒れた道を、エリシャの力技で大きな振動を
受けながらも進んでいった。山道に入る。一瞬だけ視線を左腕手首に移す。腕時計のデジタルはPM06:24を
表示している。空はもうかなり夕焼けの影響で赤く染まっていた。あと数十分もすれば日没だろう。
体中から汗が噴出してる。その汗が風に当たり体は思いのほか涼しかった。
山道の通りを、緩やかな坂に逆らいながら上っていく。

 「場所なんだがね」ええと、と受話器から聞こえるジョシュの声が遠ざかる。なにか書物をめくる音が
して、数十秒間が開いた。「地理学者の間では知る人ぞ知る、泉があるんだ。しかも、君の家から
そう遠くない場所にある。急げば40分位で自転車でもいけるよ」
「泉」  
 エリシャは「SAY TRUE」周辺の場所を思いつく限り脳裏に浮かべる。生まれてから、今までの20年間の
間、ほとんど家にいなかった父親の変わりに、母親のカレンには色々と連れて行ってもらったが「泉」に
該当するような場所に行った記憶は無かった。カナダで有名な水場といえば
「ナイアガラの滝しか思い浮かばないです。でもとても自転車で行ける距離じゃない」
カナダ有数の観光スポットである、ナイアガラフォールズ=ナイアガラの滝。カナダ滝、
アメリカ滝、ブライダルベール滝の三つの滝で構成される滝で、カナダのオンタリオ州とアメリカの
ニューヨーク州とを分ける国境になっている。滝の幅が広く、流れる水の量は北米で最も規模が多い。
スケールの大きさから言えば、ナイアガラの滝こそ神の歩く道を形成するに相応しい場所であるように
エリシャは思った。しかし、ジョシュは受話器の向こうで、惜しい、と呟く。
 「半分、正解と言ってもいい位だけど、違う。常に水が大量に流れている場所なら、きっと
君の父親は、その場所を探すのにそこまで苦労はしてないだろう。地理学者が密かに『ナイアガラの隠し子』と
呼んでいる泉があるんだ。でも、その場所に普段、水は存在しないんだよ」
「え」エリシャは意味を理解できない。「水が無い場所に虹はできないし、そこを泉とは呼ばないんじゃ」
そうだね、とジョシュも答える。「君の店から自転車で数十分した所に山への入り口がある。
そこは普段登山家にはお決まりのコースで、人間が踏むことで草が倒れ、自然と道ができたと言われるが
途中道なりに進んだ進行方向右側に2メートル間隔でジグザグに置かれたボーリングの玉位の大きさの岩石が
あるらしい。そこは道として機能してないから岩は草に茂られて見えないし、神経を使って探さないといけない。
その先に普段は大きく窪んだ土地と、それに繋がるような大きな柱がある広場のような場所が存在する。
激しい雨が降った直後に水が溜まって、短い間だけそこは滝を持つ泉となるんだ。
遭難した登山者が運よく見つけたと云われる、命のオアシスだよ。きっと君の父親は、この場所が
カナダにある事を旅の中で突き止めたんだ。だから、カナダを拠点に世界を旅することを選んだ。
主に金の虹を探すために、金の虹を探しながらも違う世界を旅できるように。そして、カレンさんと恋に落ちたんだね」

 山道の入り口を見つけると、エリシャは急いで自転車を降りて鍵を閉めた。
どこにあるのだろう、と山道の進行方向右側を入念に中腰で草を掻き分けていく。
本当にあるのだろうか、と延々おい茂る草や小枝に腕や頬を引っ掛けられながら、思う。
 そして、父親も生前は毎日こういった地道で先が見えない作業の繰り返しだったのだろうかと、
着ているパーカーの右の袖で額の汗を拭い、思いをめぐらせた。彼は、きっとこの落としたコンタクトを
見つけ出すような、数cmのズレが命取りのような作業の終着点に壮大な夢を追い求めていたのだろう。
 冒険とは、ロマンに恋をした人間が恋人を見つけ続ける旅をするようなもので、冒険家とは、人生と言う名の
分厚い辞書の中身を、全て意味の異なった「発見」という単語で埋め尽くそうとした人間の事をさすのだろう。
エリシャは自分に心底絶望する。冒険家の娘は冒険家ではない、という現実を、自分の行動のちぐはぐさと効率の
悪さから痛感した。自分は、本の中で見て追体験できる「綺麗なロマン」は好きだけれど、危険な行動が伴う、
そのロマンに行き着くまでの「過程」を楽しむには向いてないんだ、と思った。
 中腰の体勢をやめ、腰に手を当てて背筋を伸ばした。左右に体をひねると骨の軋む音が聞こえる。
放置していた自分の自転車がある方へ進行方向を変え、引き返そうと一歩踏み出した。
「うわ」
 踏み出した右足が何かに引っかかり、エリシャはバランスを崩してその場で体重を重力のままに預けた。
周りの小枝に支えられて地面に尻餅をつくことは無かったが、バランスを保とうと大げさな動きで
太股付近まで伸びた小枝を少し左足でえぐり、結果その部分の地面が少し露わになった。
 エリシャは目を疑い、大きく見開いた。自分が右足で小突いたものは、コケが生えて全体的に緑色に
覆われてはいるが間違いなく岩だった。ボーリングの玉より少し大きい、フィットネスなどで使われる
バランスボール大の大きさの岩だ。
 ざっと、周囲を見渡した。------ある。この周辺にこれと同じくらいの岩が転がっているはずだ。目標は
見えないけど、近い。何かのスイッチが入ったような俊敏な動きで周囲の物を掻き分けて、エリシャは進む。
 ひとつめの岩を見つけた方法で、移動を試みると1.5メートルから2メートルの感覚で、確かに岩石は
地面に転がっていた。道なりに、進むべき方向を指し示すようにジグザグに並べられてるように感じた。
 岩石の案内を経て辿り着いたのは、土で覆われた薄暗いトンネルだった。
大人が横に並んで5人位の幅の小さなトンネルで、もとから空には明るさがほとんど消えてるので、
トンネル入り口から中を伺うと真っ暗だったが一番奥は外に繋がってるらしく、赤い光は確認できた。
 エリシャは背負っていたリュックから懐中電灯を取り出すとスイッチを入れてトンネルの中へと進んだ。
入り口付近はまだ外の日の影響で土の色が分かる程度に照らされてはいたものの、奥に行くごとに光は
トンネルに届かなくなり、エリシャを完全なる暗闇が支配する。恐怖は感じた。でも今のエリシャが
やるべきことは、暗闇の先に辛うじて見える赤い光に全ての希望をゆだねて、ただ前へ進む事だけだ。
光は近づく。あまりに周囲が暗闇で頭も朦朧とし、もはや自分が光に向かって歩いてるのか、もしくは
光が自分めがけて近づいてくるのか、わからなくなってくる。空気が薄かったせいかもしれない。 
 トンネルの出口が目の前に来た。意識をしっかりしなければと、下唇を噛む。
そのままトンネルを抜けた。

 出口の足場はそう広くなく、地面は足場から3メートル程度下にある。
広大な景色が目の前一杯に、広がった。夕焼けで真っ赤に染まった空が開け、奥に街が見える。
手前には周辺を青々とした木々に守られ、佇む堂々とした小さな山のような風格を持ちながらも、大量の水を
ゆっくりと、下へ余裕を持って送り続ける太い柱。柱に繋がった地面に流れ、下に打ち付けられた水は、
バスケットコート大の大きさを持つ秘密の水辺を感じさせるような浅い泉の一部となる。静粛に広がっていた。
 エリシャは言葉を失った。そこに、虹は、あった。日没直前で最後の力を振り絞るかのように真っ赤な空で
黄金色に輝く夕日に照らされて、虹は、確かに金色の光を放っていた。科学的にはありえない光景だった。
 現実には起こりえない光景を、しかし実際に見ているという現実にエリシャは何も考えられずにいた。
これを神の奇跡と言わずして、何を奇跡と言うのだろう、と唾を飲む。
「こんな事、人間にできる訳が無いよ。先生」
 背負っていたリュックサックを肩から下ろすと地面に置き中から一眼レフカメラを取り出した。
父親が出来なかった事を、私がやるんだ、と、足場ギリギリまで身を乗り出し何枚もシャッターを切る。
 レンズを覗きシャッターを切ると、カメラから顔を離し、直に目で見る。エリシャはこれを何度も繰り返した。
それほどに金色の虹、ロール・アルカンシエルの美しさは、まさに未知の領域だった。
 そして最後の仕上げ、だ。リュックサックの中を再度覗いて腕を突っ込む。自転車の前かごに入れて
持ってきた白い箱を取り出した。とにかく自転車でも揺れたし、型崩れが起きていないか不安だったエリシャは
箱を開けると恐る恐る中身を確認した。少し欠けた部分はあったものの、さほど問題は無いように見えて
エリシャは溜息をつく。
 まだわずかに温もりを保った”それ”が入った箱を両腕を精一杯伸ばし、掲げた。

「もしかしたらだが、気に掛かった事があるんだ」
ヘンリーが神に会う為に満たせなかった「条件」を結局見つけられておらず半泣きになったエリシャに、
ジョシュは自信がなさそうに言った。
「日本の文化の一つに『ウラボンエ』、略して『オボン』と言われる行事がある」
「オボン?」
「ああ。あの世に旅立った故人が里帰りする風習だよ。現代日本では、夏にその期間が設けられていて
その期間無くなったご先祖様がこの世に戻ってこられる。日本では各家庭で、故人を迎える時に『ムカエ火』
という焚き火を玄関先で起こすらしい。さらに家で『センコウ』という亡くなった霊達が好きな香りを
供えるそうだ。その香りに導かれ、霊達は家に還って来る。もし、君の父親が言っていた『神』という概念が、
実は生きた人間が心の中にそれぞれ持つ”会いたい故人”だったとしたら、どうだろう。
ヘンリーがイエスと会う事が叶わなかったのは、彼の好きな香りを用意できてなかったからだとしたら」
そう早口で言うと、ジョシュは咳払いした。「分かってるんだよ、エリシャ。この日本の風習は仏教のもので、
君達の信教するものはキリスト教のカトリック。きっと他人が聞いたら、私は笑いものにされるだけだろう。
何が歴史専門の教授だと馬鹿にされるかもしれない。でも、私は思うよ。故人に会いたいという気持ちに、
そんなこと関係あるのかな。故人からしたら宗教の違いなんて関係あるのだろうかって」
 ふと、エリシャは小学校高学年の時の母親とのやり取りを思い出した。
学校の宿題で、親の仕事を調べてレポートを書いてくる様に言われたエリシャは、先生に貰ったプリントの
内容通りにカレンに質問をした。
「『なぜママはおかしやさんをはじめようとおもったの?』」
カレンは、その質問を聞くと目を閉じ何かを思い出すように空を仰いだ。
「お菓子を食べると人は幸せになるでしょ」と言うと、舌を出して笑う。「でもそうね、それもあるんだけど、
結婚する時にパパに言われたのよ」
「パパに?何を?」エリシャは、質問をした。これはプリントには書かれていない。
「『僕は君の作るタルトが大好きでね、旅の時はそれが食べられないのが本当に辛いんだ。だから、君は
僕が居ない間、この地で洋菓子屋をやってみないか。なに、君の腕ならきっとすぐに常連がつくよ!
僕がいつ帰ってきてもすぐに君のタルトを味わえる様に、僕の帰りをタルトを焼いて待っていて欲しい』」
 当時を思い出してるのだろうか、カレンの目はじんわり涙で滲んでいる。ガラスのように透き通って見えた。
「エリシャもタルト大好きだったわよね、そこパパとそっくり」

 天から伸びている金の虹は、堂々と滝の周りを囲んでいる。ただ、残された時間はもう僅かだった。
あと数分で、日没が訪れる。夕日は消えこの虹も消えると予想は付いた。
 エリシャは、心の中で「届け、届け」と繰り返していた。繰り返しながら焼きたてのタルト一切れが入った
箱を空に掲げる。空気中にタルトの甘い香りが漂う。滝となって流れていく大量の水の音に流されるようだ。
 夢で見た人の影が虹の先に居たように、エリシャには見えた。
左手で箱を掲げたまま右手で目をこすった。エリシャは思い知った。
我慢する時間の余裕も無く、目から頬を伝い顎を離れて落ち行く涙を、もう自分の気持ちだけでは
止められなかった。あふれ出る感情の洪水を、もう誤魔化すのは無理だと悟った。
「私は、こんなにも、パパに」
 金の虹をゆっくり移動してくるその夢の中の人は、見た夢とは違って顔をはっきりと確認できた。
写真に自分と写っていた人物と間違いなく同一人物だ。冒険でなかなか切る機会が無かったのか、肩まで伸びた
金の髪に、白い肌が虹に反射して眩しい。足はやはり無いのだろうか。金の虹があまりに明るく照らすものだから
足首から先は見えない。溢れ出る涙も、見ることを邪魔していた。
 神に会う為の最後の条件は、やはり「香り」だったらしい。
エリシャは、たまらず大手を振った。ヘンリーは近づいてきた。虹からエリシャに一番近い所で立ち止まり、
やぁ、と微笑んだ。気がした。
「ねぇ、パパ。ごめんねパパ。今までごめんなさい」エリシャは号泣した。「逢いたかった」
 姿は見えるものの、エリシャのいるトンネルの足場と、虹は近い訳ではない。ヘンリーはエリシャの頭を
なんとか撫でるような仕草をしている。泣かないで、と言っているようだ。
 そして、時は来た。夕日は残酷にも地平線へと姿を消し始め、虹も手前から徐々に姿を失くしていく。
空も、赤から紫へとめくるめく表情を変えていく。ヘンリーはそれに気づいて、エリシャに手を振った。
えっ、とエリシャも状況をやっと判断する。そんな、と首を横に振る。
そんなの、嫌だよ、パパ。もっと私と一緒に居てよ。
「20年生きてきて私初めてパパに言うわ。パパ、愛してる!」
エリシャの叫びが伝わったのか、ヘンリーは写真と同じ不安の一つ無い子供のような笑顔を見せて口を動かした。
「ベイビーはヴィーナスになっていたんだね」娘の成長を確かめられたからか、悔いはないといった面持ちで
後ろを向く。「良かった、女神には会えた」
 彼がエリシャに背を向け、消えかかった虹を歩いて空へ上っていく姿は、まさに本物の神のようだった。
    
  **

 2011年4月23日土曜日。翌日に復活祭を控えたこの日はジョシュが話していたように、雲はちらほら見えるものの
雨が降る予感など一切感じさせないほどの青空に迎えられていた。エリシャは午後12時を過ぎても、1階に降りては
来なかった。
 日没を過ぎ、虹も無くなり周辺が真っ暗になった泉を、大急ぎで離れたエリシャは服や持ち物を泥だらけにして
昨日の晩の午後21時ちょっと過ぎに自宅へ帰った。そんなエリシャの姿を見て「どこに行って来たの?」と
カレンがとても驚いていた。エリシャは「夢を見てた」と一言言うと、そのままシャワーを浴びる。
 その後夕食も摂らずに「私急いでしなければいけない事があるの」とだけ、カレンに伝えて部屋に閉じこもる。
結局エリシャが、再びカレンの前に現れたのは翌日の午後7時を回ったところだった。夕食時に、やっとリビングに
顔を出した。シャワーを浴びてから部屋にこもったはずのエリシャの顔が、今度は茶色や赤、黄色などの
鮮やかな色で汚れていたものだから、カレンは「何をしていたの?」と再び驚いて、質問してしまう。
「金の虹を作ったの」エリシャは2階を指差すと、晴れ晴れとした顔で言った。「ママお腹すいたわ!」
  
 今日の夕食時の食卓及びアイゼンバーグ家の様子は、いつもと少しだけ異なる部分があった。夕食が並べられた
テーブルの上には、父親の写真が立てられているし、リビングには夕食前にエリシャが壁に掛けた額が飾られている。
「お祈りをしましょう」エリシャの対面側の椅子に腰掛けているカレンが、いつものように言う。
 カレン、エリシャ共に右手中指を、額、胸、左肩、右肩へと振ると、十字を切った。
「神よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意された物を祝福し、
私達の心と身体を支える糧として下さい」と声に出した。今回は、きちんとエリシャも口にして祈りを捧げた。
「父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン」と神に祈りを捧げ、カレン、エリシャ共に合掌する。
 食事をしながら、エリシャは父・ヘンリーが自分たちの為に残してくれたノートに書かれていた内容を、ジョシュに
聞いたままにカレンに伝えた。この時初めてノートに貼ってある写真を見る事になったカレンは、初めてそれを
目の当たりにしたエリシャと同様に目頭を熱くした。カレンは涙をぽろぽろとこぼしながら、それでも笑顔で
エリシャの話を、実に楽しそうにうんうんと聞く。もちろん、昨日の事、金の虹を探しに行ったことも話した。
「それが、あれなのね」
 カレンは、席を立つとそのままリビングへ歩いていった。エリシャもカレンに続くように席を立つ。
木で出来た丸いテーブルを囲むように、濃い赤色をした革製のソファーが2つ挟んでいる。クリーム色の壁を
基調とした空間は落ち着き払っていた。テーブルの向かいには液晶テレビがあり、液晶テレビの上には黒い枠の
時計が掛けられている。エリシャが飾ったそれは、テレビと時計のちょうど中間位の高さで壁に存在していた。
 実は昨日、泉を離れてトンネルを抜け、なんとか山道を下ってエリシャが自転車で向かった先は自宅では無く
街にあるカメラ屋だった。一眼レフに何枚もおさめた金の虹の写真を、すぐに現像しようと思ったのだった。
 しかし実際に現像した写真には、滝が流れ、その周りに出来た虹らしい色の帯は確認できるものの、暗すぎて
目で様子を確認するには不確かな状態のものばかりだった。要するに、金の虹、ロール・アルカンシエルを
写真に収めることはできなかったのだ。エリシャは気づく。ヘンリーは金の虹だけ写真を撮らなかった訳ではない。
金の虹だけ写真に収めることができなかったのだ。それは人の目でしか存在を確認できない幻の現象だった。
 だからエリシャは帰宅後すぐに自室へ篭り、筆を握った。明日じゃ駄目だと思った。あの金の虹が脳裏に
焼きついてる今の内に、その記憶を描ききらなければいけない、と考えた。それは使命だと思った。
 土地を、泉を描くのは下手でも「金の虹」は、出来るだけ自分がその目で見た色や形を忠実に表現したいと
エリシャなりに努めた。眩い光を放つ、父の夢の道。父が来て、帰って行った道。
「参ったよね、私自分で思ってた以上に絵が下手なんだもの」
 飾った絵をカレンと眺めながらエリシャは苦笑いする。これは父親譲りの才能かも、と思った。自慢にはならない。
「でもママは良い絵だと思うわ。私も生きてる内にこの虹を見てみたいって思うもの」
 カレンはエリシャの右肩に手を掛けると、次に左肩にも手を掛け、そのまま後ろからエリシャをハグした。
頬にキスをする。
壁に掛けられた額の中の「金の虹」は、描いたエリシャ本人が認めるように、決して上手とは言えない出来の絵だった。
しかし、おそらく世界でこの光景を見たことある人間がごく限られた数しかいないという事実の中で、この絵こそが
その幻の現象であり光景を、最も忠実に表した物だと言ってもいい。それが彼女の見た景色だからだ。
絵が下手でも、感動は伝わる。絵とはそう云うものだ。そうでなくてはいけないと、エリシャは半ば開き直っている。
「この絵にタイトルをつけるとしたら、あなたはなんてつける?」
 そう言うと、カレンは絵に近づき額の下側を左から右へと指でなぞった。さあ、教えて下さい先生、とでも
言った顔でエリシャを見た。その仕草を見て、やめてよママってば、とエリシャは噴き出す。
「そうだなあ」エリシャは思いをめぐらす。腕を組み、ダイニングのテーブルでこちらを見ているヘンリーの写真を見た。
「『これが私の証明』、って言うのはどう?」
 This is my proof.
父の代わりに、私がそれを証明した。

THE END.

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JUNE

Author:JUNE
JUNE(ジューン、ジュン)
旧PN:十文字貴人
男 4月25日生まれ
血液型:A
好きな事:映画鑑賞、読書、落書き、英語勉強
人間は「人生」においては誰もが素人。だから、焦らず楽しもう!

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